JILA騒動の現状 – 思っていたより重い動き
先日のエントリで、JILA(日本組織内弁護士協会)が出した「司法試験合格者の増加と合格率の上昇を求める理事長声明」を巡る騒動について書きました。同エントリの中で、今回の騒動を受けて理事会側が一定の対応を実施することになっていると触れましたが、騒動が起きて1か月以上経過し、ようやく次のステップが見えてきたというのが現状です。
前回のエントリでは理事会側の対応の内容については触れませんでしたが、今回の件に関し、理事会は、法曹人口問題に関するアンケート調査を会員に対して行うことをアナウンスしており、これまで以下の様な経緯を辿っています。
9/8 同委員会から、アンケートをどのようなものにするべきかに関する意見を寄せるようリクエスト。期限は9/13まで。
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10/1 理事長から、「若手会員との意見交換会」(10月中旬開催)の参加希望者を募集する案内
NEW!→10/12 アンケートの具体的な実施方法(10月第三週に実施)についての告知
会員の一部からは、会にとって重大な事案であり急いで対応(声明の撤回含む)すべきとの意見も出されていましたし、調査を行う委員会も、「できるだけ早い時期に調査を実施できるよう」にすると述べ、会員からの意見募集も短い期限で区切られていたので、もっとスピード感をもってやるのかと思っていましたが、色々な意見が寄せられたせいか、時間がかかっているようですね。理事長が若手との意見交換会をやるなんて言い始めた時には、アンケートの話なんて無かったかのような空気感すら漂っていました。まあ、専従のスタッフがいる訳でもないので時間がかかるのは仕方ないですかね(声明発出前に常識的な対応さえしていればこんな大事にはなってないのに、アンケート作成班の方々、お疲れ様です。)。
アンケートに関する意見
アンケートの実施方法に関する告知に続いて、これに関する会員の意見がどのようなものであったかも公開されました。アンケートの実行メンバーがどのような立ち位置の方々かはあまり把握していないものの、声明の発出手続とは違い、随分とオープン・透明な進め方をしているなと少し驚きました。
意見の内容を外部に公開することは控えて欲しいという要請もあったので、その内容に触れることは(当面)避けますが、中には、個人的に衝撃的と思う「事実」(意見ではない)も含まれていました。まあ、団体の性質上、(個人的な情報等でなければ)敢えて隠す必要のある事項は無いと思いますし、会員の意向をガン無視した執行部に対する改善意見をクローズにする理由も思い浮かばないですけどね。
ということで、まだアンケートも行われないので、この間に、私が「裁判で負け筋の当事者側弁護士が作った出来の悪い準備書面みたい」と評した声明の内容に、雑に突っ込んでみます(時間も勿体ないので雑です)。
声明の概要
改めて、今回の声明における提言部分を引用します。
「そこで、現在すでに進行している弁護士供給不足の解消と、法科大学院離れに歯止めをかけることで法曹界に優秀な人材を確保することを目的として、司法試験合格者数を2000人程度の水準に戻すと共に、法科大学院定員や予備試験合格者数の調整等により、司法試験合格率70%程度を実現することを提言する。」
なるほど。まあ簡単に分解すると、
②法科大学院離れで法曹界から優秀な人材が減っている
③それらの解消のために、司法試験合格者数を2000人程度とし、合格率を70%程度にするべき
という主張ですかね。なお、私自身はこの問題について深く考えている訳ではなく、他人事のように見ているというレベルではありますが、個人的には、特に司法試験の合格者数を増やす必要はないという立場です。
それでは、本声明の主張の詳細を見ていきましょう。
弁護士の供給不足
上記提言部分に続いて、本声明では、弁護士の供給が不足しているということを様々な観点から説明しようとしています。
企業の弁護士採用数と採用意欲の上昇
まず、本声明は、インハウスの採用状況に関して以下のようなことを述べています。
- JILAの調査では、企業内弁護士数は、2010年に428人から、2021年には2820人となり、平均200人を超えるペースで増加。
- 経営法友会が5年に一度実施している「法務部門実態調査」において、インハウスを「是非採用したい」と回答した企業の割合
→2005年は1.3%。2020年は経験弁護士で14.5%、未経験弁護士で5.6%に増加
- 同経営法友会の2020年の調査では、外部の弁護士に支払う額の総額について、49.5%が5年前と比べて「増加している」と回答
⇒企業のリーガルサービスに対する需要は、企業内弁護士の採用、外部法律事務所の起用、いずれの点でも拡大傾向!
はい。言っていることは間違っていないのですが、これがどう「弁護士の供給が足りない」ことにつながっているのか分かりませんでした。①インハウスの数(供給)が拡大している、②企業のリーガルサービスに対する需要が拡大している、という事を述べていますが、肝心の、①と②の比較、すなわち、供給の拡大が需要の拡大に追いついているのかどうか(供給が不足しているのか)の分析は全くなされていません。なんか、法科大学院の適性試験(死語?)受けたら落ちそうな人が書いてそうな論理展開ですね…
おまけ – 理事長の希望的観測
声明の中では触れられていませんが、理事長が会員宛てに送付した補足説明では、上記の経営法友会の調査で、「今後の日本の弁護士の採用の意向」の項目が、
- 「応募があれば検討する」が51.3%(1,233 社中 632 社)
- 「ぜひ採用したい」5.6%(同69社)
- 「できれば採用したい」7.1%(同 88 社)
合計64.0%(同 789 社)
(「応募があっても採用するつもりはない」27.0%)
法実務経験者について
- 「応募があれば検討する」が48.8%(1,233 社中 602 社)
- 「是非採用したい」14.5%(同179社)
- 「できれば採用したい」14.0%(同 173 社)
合計77.3%(同 954 社)
(「応募があっても採用するつもりはない」17.8%(同 220 社))
となっていることに触れて、
「この調査の対象会社数5,171社で、回答数が23.8%の1,233社であることからすると、実務経験者と未経験者ともに、3,000社以上の潜在需要(応募があれば検討する)があるという見方もできます。」
と述べていました。この記載を見て、私は大変おめでたいなと思いました。このアンケートの回答選択肢からすれば、「応募があれば検討する」=「できれば採用したいとすら思っていない」です。
「潜在的な需要はあるかも」という事を否定はしませんが、応募が無いと検討してくれないような会社の存在を供給不足の根拠として持ち出してくるのは、いくら攻めの法務が最近のトレンドと言っても攻め過ぎなのではないかと思います。
企業法務法律事務所による弁護士採用の急増
声明の内容に戻ります。声明では、上記のインハウスの採用状況に続いて、企業法律事務所の採用について、以下のようなデータを持ち出しています。
- 67期では弁護士登録者1532人のうち725人(3%)が東京三会に登録。このうち140人(9.1%)が5大事務所。
- 73期では弁護士登録者1244人のうち776人(6%)が東京三会に登録。このうち212人(17.0%)が5大事務所
…これ、「東京に登録する弁護士、中でも5大事務所に登録する弁護士の割合が増えている」というデータですよね?
声明では、冒頭で「東京を中心に、弁護士の供給不足が発生している」と言っているのですが、このデータを使って「東京に登録する弁護士の割合が増えている、よって、東京で弁護士の供給不足が発生している」とでも言いたいのでしょうか。やっぱり適性試験落ちそうな気がします。何の主張を支えるためにこのデータを引用しているのでしょう。もちろん、需要が増えていることも窺わせるデータではありますが、供給不足を直接示唆するデータではありませんし、企業法務に流れる弁護士の割合が増えているのであれば、供給不足に対応しているようにも思えるのですが…
東京三会合同説明会
「東京三会合同説明会」とは私の世代には馴染みのない単語ですが、これに関しても以下のようなデータを出しています。
- 73期を対象とした2019年の説明会の参加者は111事務所・45 社と大きく増加している
- 一方、参加合格者の数と参加率は大きく減少傾向。67期では941人だった参加者が73期では518人にまで大幅に減少。参加率も67期で45.9%だったのが73期では34.5%にまで減少。
確かに、このデータは求人が増加しているのに応募候補者が減っていることを示唆するものではあります。とはいえ、合格者の参加率が減っているのは単純に出店企業・事務所、あるいは本イベントの魅力が足りないだけのような気もしますし、いずれにせよ、(東京三会合同説明会の存在感は知りませんが)これだけで供給不足と言うには流石にインパクト不足だと思います。
新人・若手弁護士の供給不足
さらに続けて、以下のような循環論法みたいなことを言い始めます。
登録初年度に次いで企業内弁護士の純増数が多い経験2年目から5年目程度の若手弁護士は、ほぼ合格者1500人世代(70期以降)となってきており、転職市場での供給が不足し始めている。このことは、企業内弁護士数が2021年の調査では前年比191人の増加にとどまり、久々に200人を切ったこととも符合する。
「なぜ1500人だと足りないのか」を論じる場面で、「1500人だから足りない」としか言っておらず、もはや議論になっていないと思います。適性試験受けてきてください。
しかも、先に引用した東京の新規登録者のデータによれば、合格者2,049人の時の67期の東京三会の新規登録者は725人で、合格者1502人の73期の東京三会の新規登録者は776人です。声明の冒頭では「東京を中心」にした供給不足と言っているところ、東京の新規登録者は減少していないのに、合格者数が減ったから東京を中心に人が足りていないというのは説得力に欠けます。また、企業内弁護士数の増加が200人を切ったと言っていますが、増加数が減少に転じた年は他にもありますし、シンプルに、その数字だけでは需要が減ったのか供給が減ったのかは分からないですよね…
結論 – 弁護士の供給不足は、ありまぁす!
そして、これらのデータからJILA理事会が導きだした結論は…
「ここまで述べた通り、法律事務所や企業の需要に対して、弁護士の供給が不足していることは明らかである。」
…時間の無いロースクール生の試験答案ですかね。出来の悪い弁護士の準備書面みたいに、「明らかである」と言えばなんでも明らかになると思わないで欲しいです。「あまり強い言葉を使うと弱く見える」って私はジャンプとツイッターで習いましたよ。
長年大企業でインハウスやってきたそれなりにエライ人達が30人近く集まって、会員の意向を完全無視してまで出した文章が、こんな結論ありきの論理性に欠ける内容でホントがっかりしました。増員(減員)論なら、現役の法科大学院生の方がまだマトモな主張を用意できるのではないでしょうか。
別に私は「供給不足は無い」と反論したい訳では無いです。実際に供給は不足しているのかも知れません。ただ、会員の意向を完全無視してまで出した文章の割には、供給不足という肝心の事実に関する根拠が薄弱で、分析も不十分と言わざるを得ないですし、この文章を出すことで、誰をどう説得しようと思ったのか不思議に思います。
法科大学院離れの解消方法 – 合格者数増加
本声明は、上記のような流れで法曹が「供給不足」であることを強弁しながら、その数と質を確保するための方策として、合格者数・合格率の増加を主張する訳ですが、その根拠として、『法務省と文部科学省が2019年11月から12月にかけて実施した「法学部に在籍する学生 に対する法曹志望に関するアンケート調査結果」』を持ち出しています。
本アンケートを根拠にした本声明の主張は以下のようなものです。
- 法曹志望者の不安の1位は、「司法試験に合格できるか自分の能力に自信がない」(69.9%)
- もと法曹志望者の法曹等を断念した理由の1位が「他の進路(例えば,国家公務員,民間企業や研究職等)に魅力を感じたから」で58.7%、2位が「司法試験に合格できるか自分の能力に自信がない」で52.6%となっている
- すなわち、志望者、もと志望者の過半数が「司法試験に合格できるかどうか自分の能力に自信がない」を不安要素や断念要素として挙げている
-
「大学卒業後法科大学院終了までの経済的な負担が大きい」となっているは24.6%に過ぎない。
- 「法曹等を志望しない理由」として、「司法試験に合格できても,就職できるか分からないから」を選択した者は6.6%、「司法試験に合格できても,就職後の収入面に不安を感じているから」を選択した者は6.5%に過ぎない。よって、法曹志望者が減少している主たる原因は、過剰供給や収入減に対する不安や不満ではないことが明らかである。
- 結果として、法学部生にとって、「司法試験に合格できるかどうか」が、法科大学院に進学して法曹を目指すことの大きな障壁の1つとなってしまっている。
法科大学院に関する議論は、話がどうしても局所的になり過ぎるし、平行線を辿ってしまうのがオチなので嫌いですが、とりあえず、上記に対する私の考えは以下のとおりです。
・合格者だけ増やして、これまでなら落ちるレベルにいた人を合格させても意味がない。そうして増やした合格者が企業の「需要」を満たすと思っているのなら、司法試験に落ちた法科大学院卒業生を採用するよう企業に積極的に働きかければ良いと思う。企業内での法務に資格は必須でないのだから。
・そもそも、理事会が想定している「需要」がどんなものなのかはよく分からない。新人インハウスの求人でよく見かけるのは、年収400万円とか、普通の法務部の待遇に毛が生えたような、(合格率抜きにして)司法試験を受けるコストに見合った待遇か疑問なものも多い。合格者数さえ増やせば「3年間と数百万円(+機会損失)を賭けて、年収400万円の仕事をゲットするためにロースクールを志望する優秀な人」が増えるのかは非常に疑問。というか、本当に供給不足ならITエンジニア等と同様に高給の求人で溢れかえるはずなのに、その様な現象は見受けられない。
・「司法試験に合格できても,就職後の収入面に不安を感じているから」を選択した者は6.5%に過ぎない、と指摘するが、それは「食べていけるか」のレベルの話であって、断念する理由の一位が「他の進路(例えば,国家公務員,民間企業や研究職等)に魅力を感じたから」であるところに、収入源に対する不満はしっかり反映されているのではないか(憶測)。
合格「させてあげる」ことが大事なのか
さらに続けますが、以下は、個人的な思想が強く混ざっています。
弁護士というのは人の人生を預かる仕事です。個人的な企業法務であっても、一生働いて稼ぐ金額とは何ケタも違う額の取引を扱います。法治国家という社会にとって非常に重要な理念を支えるにあたって重要な役割を担う仕事でもあります。
そんな職業に就こうというのに、「司法試験に合格できるか自分の能力に自信がない」という撤退動機をどこまで掬い取ってあげるべきなのでしょうか。それを、司法修習のキャパシティや現在の法科大学院の教育制度の問題点に目を背けたままで、ただ数を増やせと言っても、「簡単なら弁護士やってみようかな」という人間を増やすだけで、本当に受益者である依頼者・国民のためになるのか大変疑問です。
法曹の仕事の性質からすれば、「司法試験に合格できるか自分の能力に自信がない」という層を掬い上げるよりも、自分の能力に自信はあるのに、「他の進路(例えば,国家公務員,民間企業や研究職等)に魅力を感じたから」とか、「大学卒業後法科大学院終了までの経済的な負担が大きい」からといって、法曹の道を諦めていく人達を司法試験に惹きつける方法を考える方が、よっぽど大事なのでないかと思います。
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