インハウスはただのセーフティーネット?
Twitterを徘徊していると、「インハウスは(法律事務所で働く人の)セーフティーネットとか思っている人には務まらない」とか、「法律事務所からインハウスに転職した人で、評価が芳しくない人も少なくない」などという、「インハウス舐めんな」的なツイートを目にすることがあります。
まあ、インハウスに求められる能力の中に、プライベートプラクティス(=法律事務所)で求められる能力と違うモノが含まれていることは間違いないです。そのため、法律事務所からインハウスに移った弁護士について、会社の評価が芳しくないケースが発生するのも自然なことだと思います。
一方で、よく見る「インハウス舐めんな」という趣旨の発言については、個人的にモヤっとすることも多いです。その理由を書いていきます。
インハウスとプライベートプラクティスの違い
まあ、Twitterでよく見かける「インハウス舐めんな」系の人の発言の趣旨は、所属組織(企業)において問題を発見し、解決策を提案し、関係部署を調整しながら実行する能力を問題としていることが多いように思います。語弊を恐れずもっと端的に言えば、組織における「主体性」と「コミュ力」を問題にしていると思います。
インハウスにそういう能力が求められることについては全く異論がありません。簡単な例ですが、コロナ禍で注目された電子契約の導入を想定して論じてみます。
プライベートプラクティス – 法的・技術的なアドバイス(アイデアの法的分析)に留まる
ある会社が電子契約を導入しようとするとき、外部弁護士として関わる場合に想像されるのは、「電子契約にして問題ないでしょうか?」というクライアント企業からの問いに、「電子署名法があって、〇〇のサービスは総務省からも電子署名として認められており、紙の場合の記名・押印に代わるものとして機能し、裁判における証拠という観点からは問題ないでしょう」という技術的な回答をするまでが基本的な仕事でしょう。
インハウス – 問題の提起から始まり、法的見解を組織・実務に落とし込むこと(アイデアの発案と実行)が求められる
一方インハウスの場合、上記の電子署名に関する見解を外部弁護士から取得するか自分で調査・分析するかはさておき、会社がどんな取引先との間で日々どういう契約を締結しており、それらの契約を電子化するのは取引先との関係で現実的なのか、どこまでの範囲の契約を電子化するのが適切なのか、電子化する契約としない契約の管理をどうするのか、電子化する場合の決裁・署名プロセスはどうするのかといった様々な実務的要素を検討する必要があります。そして、会社のプラクティス・カルチャーを踏まえ、契約の交渉を担当する各部署の意見の意見(リモートワークや作業効率を踏まえ契約を電子化したいと思うか、取引先に電子契約での調印を求めるのは現実的なのか、署名権者となる役員等がIT音痴で反対しないかなど)を取りまとめ、電子契約のプロバイダとも仕様やコストについて相談し、意思決定機関に上申して決裁を得るというように、色々な関係者を巻き込んで導入に向けて進めて行かなければなりません。
これは会社のビジネスや組織の特徴を分かっていないと簡単にはできない作業ですし、必ずしも同じ方向を向いているとは限らない社内の関係部署や、外部のプロバイダ等を含む関係者をプッシュ・調整してプロジェクトを進めるオーナーシップやコミュニケーション能力は、法律事務所における大型案件のチームの取りまとめ能力とはかなり違うと思います。
基本的に受動的な法律事務所
法律事務所出身の弁護士にとっては、「うちの会社は電子契約にした方が良いかも知れない」と問題提起するところから既にハードルが高いです。
別の例えとして、委員会設置会社への移行を検討するケースを考えてみます。法律事務所では、依頼者から「うちも委員会設置会社に移行した方が良いのでしょうか?」と聞かれても、「委員会設置会社では〇〇というメリットがありますね、●●の様な会社に向いています」と回答することはできても、「おたくは△△なので、委員会設置会社に向いてるから移行しませんか?」と積極的に働きかけることは少ないでしょう、なぜなら「△△」の部分(会社の実態)が分からないから。
委員会設置会社はここで例として挙げるには経営マター過ぎかも知れませんが、このように、法律事務所の弁護士は、問題点を改善・解決するツールには精通しているものの、平時から積極的に問題点を発見・提起していく役割まで求められている訳ではないので、インハウスに転職した後にそうした姿勢・能力に欠けていると評価されるケースが出てしまうものと思います。
インハウス弁護士としての能力? – 従前の法務部との違い
ここまでの流れだと、「インハウス舐めんなってことでいいじゃん。お前もインハウスなら自信持ってそう言えよ」となりそうです。それはその通りで、法律事務所の弁護士がみんなインハウスとしても上手くやれる訳では無いということは、私も身をもって痛感しています。
でもちょっと待ってください、上記で触れたのは、近年増加しているインハウス「弁護士」としての資質の話ですか?上記の電子契約の例におけるインハウスの役割にしても、おそらくは昔ながらの無資格の法務部の人もやってきたことですよね?社内の問題点を能動的に発見し、改善案を提案して実行に移すという能力も、法務とか関係なく、サラリーマンが評価されるために共通して求められる能力ではないでしょうか。
結局、インハウスの人が良く言っている「インハウス舐めんな」という類の発言は、「法務部舐めんな。サラリーマン舐めんな」という内容であることが多いように感じるのです。それはそれで正しいし、「法律事務所とかいう魔界のコミュ障め」というのもごもっともな批判ですが、近年のトレンドである「インハウス」としてドヤ顔する所でもないし、そこを強調しても従来の法務部との違いはアピールできないのかなと思います。
なお、法務部員の誰もが新しいことを提案して実行する役割を期待されている訳でもないと思うので、法律事務所の弁護士がインハウスとしてフィットするかしないかは会社側の使い方にもよると思います。聞かれたことに答えるのが得意であれば、特定のマターについて質問するという使い方をすればいいのです。そのあたりを深く考えずに「弁護士資格があるなら優秀な法務部になるはず」と誤信し、社内調整力やプロジェクト推進力が必要なポジションを安易に与えてしまえば、「インハウス舐めんな」「法務部なめんな」という意見が出てくるのは当然かなと思います。
「インハウス」としての付加価値とは
さて、このままだと、「インハウスの資質=伝統的な法務部の資質」みたいな感じになってしまい、法務部におけるインハウス弁護士に特別な価値は無いのかという疑問も生じそうです。この点については私も確信が持てずに悩んでいますが、冷静に考えると、法務部として通常求められる能力の他にインハウスが弁護士として持っている能力というのは以下のような点かと思います。
①専門性
複雑なストラクチャーのプロジェクトや高度な内容の契約書の交渉経験、金融における複雑な規制法のコンプライアンスに関する知識など、これまでの通常の法務部であれば外部の法律事務所に依頼するような事項を自分で処理できるスキルです。給料次第ですが、外部弁護士の仕事を肩代わりすれば単純に費用削減にもなりますし、内製化することで、会社・チームとしてのプラクティスも確立していきやすくなります。外資などは、これが可能な質・量のインハウスを抱えていることが多い印象です。
この点、外部事務所を利用せずにインハウスに頼る訳ですし(もちろん必要に応じて外部事務所も使いますが)、契約の交渉になれば相手方は法律事務所のパートナーということもありますから、(業務内容にもよりますが)専門性といってもかなりのレベルのモノが求められます。個人的には、プライベートプラクティスで相当の経験を積むことなく、こうした専門性(それも無資格の法務部員と差別化できるほどのモノ)を習得するのは容易ではないと思います。
②外部事務所のハンドリング能力
「法務部でも法律事務所とは色々な付き合いがあるから法律事務所のハンドリングなんて十分できる」という声もあるでしょうが、法律事務所というのは結構特殊な世界であり、法律事務所がどのように仕事をしており、どんな所内政治があって、どのようなプロセスでアドバイスを提供しているかという点は、事務所の中で働いた経験が無いと分からない部分が多いと思います。在籍時代のコネクションが活用できるという点にとどまらず、最適な弁護士をピックアップし、納期やフィー、さらにはこちらが求めているアドバイスの内容をコントロールするのは、法律事務所の内情を分かっていた方が遥かに上手くできることだと思います。
③おまけ – 権威
会社の人もみんな人間であり、自分と同じような経歴の人の言うことを簡単に聞くほど甘くないです。レベルがそこまで高くない会社であれば、弁護士資格を持っているだけで「弁護士さんの言っていることだから…」と信用してもらえることもあるでしょうが、外部の弁護士事務所を使い慣れているよう会社であれば、いきなりインハウスになった新人弁護士をみても、「何も知らない新米でしょ」となるのが自然と思います。
プライベートプラクティスでもクライアントからの目線は厳しく、「東大法学部卒ハーバードLLM卒」みたいな人達が必死になって何とかクライアントを説き伏せているというような状態です。ビジネスの可否を左右する法務のアドバイスにおいて、シビアなプライベートプラクティスでクライアントを助けてきた実績というのは、会社内でのアドバイスに権威を持たせるにあたってもそれなりの役割を果たすと思います。なお、自分のアドバイスへの信頼は日々の業務を通じて勝ち取っていくものだという反論は否定しません。あくまでおまけ的な話です。
従来の法務部門との待遇の差の正当化
こうした従来の法務部員が持っていない要素があるから、インハウスの給料を無資格の法務部や他の管理部門より高くすることが正当化されるのだと思っています。逆に言えば、こうしたスキルを持っていない、すなわちプライベートプラクティスを経験していないインハウスを従来の法務部員より好待遇にする理由は少なく、そういうインハウスが通常の法務部員と同じ給料テーブルに乗るのはある意味自然なことだと思います。
もちろん、司法試験・司法修習を経て法的な素養が備わっており、裁判実務なども多少分かっていることの長所は否定しませんが、それが会社の給料テーブルを逸脱してまで好待遇を与えるようなモノかというと疑問に思います。司法修習までの過程で身に着くようなレベルのもので、かつ、会社の業務においても必要になるような法的知識であれば、大半は、資格の有無にかかわらず業務を通じて身に着けていけるレベルの話だと思います。
まとめ
少し脱線した感もありますが、私見をまとめると、
②ただ、それは従来の法務部にも求められていた能力であって、インハウスをインハウスたらしめ、従来の法務部を超える好待遇を正当化するのは、プライベートプラクティスでの経験が大きいのではないか
ということです。これらの法務部員的なスキルとプライベートプラクティスの経験の両方が備わってこそ、従来の法務部門にも外部の法律事務所にも代替できないインハウスの役割が見えてくるような気もします。
「プライベートプラクティスの経験といっても、数十年の長いキャリアの中の5-10年程度でしょ?ホントにそれが大事なの?」という疑問はあるでしょうし、たまたま私がその経験を重視されるポジション・年次に位置しているから今はこう感じているだけかも知れません。
最近は、欧米(特に米国でしょうか)での話を聞いてかどうかはわかりませんが、日本でも「ゼネラルカウンセル」だの「CLO」だの言う人も増えてきたようには思いますが、米国の例などを意識するのであれば、米国の有名企業のゼネカンのどれだけが「いきなりインハウス」なのか調べてみれば、プライベートプラクティスの経験が必要なのかどうかということも少しは分かるかも知れませんね(実際に調べてみたわけではありません、面倒ですし)。
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