法律事務所でのキャリア③ -帰国から転職-

法律事務所

外資系企業法務マンのブログと名乗っている割に、まったく企業法務の話にすらなりませんね。前回の記事(「法律事務所でのキャリア② -留学-」)に続いて、帰国後から転職するまでの流れについて書いていきます。やはりここが一番重たい部分であり、すべてを書こうとすると生々しくなってしまうので、今は比較的表層的な部分を書き連ねるに留めておきます。

過労死ラインの向こう側への帰還(帰国・復帰)

一連の記事の第一弾(「法律事務所でのキャリア① -新人時代から留学前まで-」)では、新人時代~留学までの激務について触れましたが、正直、体力的には楽じゃないし、留学前も、「こんなクソ事務所辞めてやる」と思うことも何度かありました。

ただ不思議なことに、喉元過ぎれば熱さ忘れるとでもいうのか、留学中に企業派遣や同じような法律事務所からきた他の留学生とかに、地獄のミサワのごとく激務体験をイキッて話しているうちに思い出が美化されていき、辛かった部分は忘れ去ってしまいました。また、(出向先の給料や家族構成にもよるのですが)二年間も海外で遊びほうけていると流石に資金が底をついてきて、そろそろ帰ってマジメに働こうかという気にもなってきます。

ということで、そもそも戻ってくるつもりで留学に行きましたが、特別悩むこともなく、二年間の天国みたいな生活を終えて過労死ラインの向こう側に無事戻ってきましたす(留学行ってそのまま消える人もいますが、あまり期待されていない人を除けば稀です)。

復帰後の暮らし

復帰直後ですが、留学前にまじめにやっていたアソシエイトであれば間違いなく、パートナーどもが「十分遊んで来たんだから、またしっかり働いてもらおうか」と悪い顔して待っています。留学中のブランクはあれど、数年間みっちり鍛えられて留学で精神的にも充実して帰ってきたアソシエイトは、本当に使い勝手がいいのです。ということで、私も漏れなく留学前のごとく馬車馬のように働かされることになりました。

まあ忙しいこと自体は構わなかったんですが、留学帰りのシニアアソシエイトにおあつらえ向きのデカい案件も回ってくる一方で、雑多な案件(こういう言い方はよくないですが)も留学前以上に回ってきたわけです。
当時は、ロースクール創設期の大量採用とリーマンショック後の採用控えもあって、アソシエイトの人口ピラミッドが若干いびつになっており、ちょうどいい若手(数年目)の数が絶対的に不足していたこと、ロースクールの不人気化もあってちょっと?な若手も散見されるようになっていたこと等から、雑多な案件でも留学前後のシニアアソに集中してしまう傾向があったように思います。特に、ファンド等の弁護士を使いなれていて見る目の厳しいクライアント・業種だったりするとなおさらですね。
それに加えて、シニアアソのところには、かつてはアソシエイトとして兄弟子だった就任したてホヤホヤの若手パートナーが先輩面して仕事振りにきたりもします。まあ普通に良い先輩なんですけど、「他のパートナーの下請けみたいな段階のくせに、中堅~シニアパートナーの案件で既にパンクしてるシニアアソ使って楽しようとすんじゃねぇ」と思ってしまうくらい、当時は余裕がありませんでした。

どこの世界でも仕事は一定の人間に偏りがちにはなりますが、法律事務所は、

①タイムチャージ制×厳しいクライアント(下手に時間チャージできないけどミスもできない。でも時間かけないと儲からない)
②労働基準法の不適用(いくら働かせても怒られない)※彼らの自己暗示であり、労働基準法が適用されないとは限りません。
③成果報酬といっても限りがある(いくら働かせても財布痛まない)

というアソシエイトをこき使うインセンティブが揃いまくっているわけです。私はこれを、携帯会社の料金プランになぞらえて「アソ放題」と呼んでいます。法律事務所でも「働き方改革」みたいな言葉は出てきていますが、こんな世界なのでその内容は推して知るべしです。言ってしまえば、アワリ―チャージで稼ぐ収益構造かパートナーの給料が変わらない以上、本質的に変わることはあり得ないと思います(一応労組的なものを作るという手が…)。パートナー達は厳しい世界を当たり前のように生きてきているので、変える必要性もあんまり感じていないと思います。

旅立ちの時

さて、そんなアソ放題カルチャーが蔓延する中、繰り返しの案件に忙殺される中で、まじめに働くことに疲れてしまったわけです。当初は仕事の報酬は仕事みたいなところあったんですが、新しさのない案件が増え成長曲線もあからさまに鈍化する中、仕事をすればするほど時間とエネルギーを浪費し、カネすらロクに発生しない(サボってるほうがもらえる)みたいな状況になり、これだけのエネルギーを使うなら、他のことにぶつけてみたほうがいいんじゃないかと思うに至ったわけです。

パートナーからは「あと数年我慢しろ」と、つまんない日本の大企業みたいなこと言われて、完全に冷め切ってしまいました。自分のことを考えてくれていたとは思いますが、「パートナーになれば」みたいに権力持ってる側の権益をちらつかせて慰留してきたのも、眼前の問題から目をそらすように仕向けているだけにしか聞こえず、自分の青臭い反抗心を助長することにしかなりませんでした。今思えば、本当に世の中の仕組みを分かっていないクソガキだったと思いますし、この性格こそが辞めることになった最大の原因だったと思います

ということで、年収5000万~1億以上とも言われる出世コースからは見事に弾かれて、魑魅魍魎が跳梁跋扈するベンチャー業界へと堕ちていく転職することになったわけです。その後ベンチャーに行ってまた別の会社へとジョブホッピングしてしまっているわけですが、今のところ特に後悔はありません。それぞれの場所で得られるものの種類が結構違うので、イマイチ比較しようもないですけどね。

次は、転職活動かベンチャーの話に入って行こうかなと思います(いったいいつ外資系企業法務マンの話になるんだ…)。

 

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