前回の記事の最後で触れたように、大手法律事務所の弁護士は、数年間勤務したのちに、二年間ほど海外留学・研修に行かせてもらえるのが通例となっています。
以前は、3-5年働いて、一年間は米国ロースクールのLLM(一年プログラム)に通ってNY州の司法試験を受験し、もう一年は米国のローファームで研修するというのが王道でしたが、最近は留学に行く時期も行く先も多様になってきています。今回は、留学・出向に行く時期とその行先について書いてみようと思います。
留学の時期 – 留学には可能な限り早く行け
最近の傾向 – ズルズル先延ばしするのがトレンド
時期については、上記の通り3-5年働くと留学に行ける年次になるのですが、忙しすぎて留学の準備(=TOEFLの勉強)に時間を割けず、「来年は留学に行きたい」と毎年言いながらズルズル先延ばしにするのが最近の流行です。留学に行ける年次から2-3年遅れて留学に行くケースは当たり前で、それ以上に遅れるケースもあるのが実情だと思います。
経験上、「来年には行きたい」と言っている奴の翌年のセリフは「来年には行きたい」です。ほんとに行きたい人はそんな言葉を使う必要はありません、なぜなら真に行きたい人はその言葉を思い浮かべたときには既に留学に行っているからです、プロシュートの兄貴見習ってください。
国内出向による遅延
最近は、入所後2-3年目の弁護士が企業や官庁に出向に行くケースも増えており、出向に行った期間だけ留学の時期が遅れるということもあります。一昔前は出向なんて半沢直樹のドラマ内の位置づけと同じで、窓際のシニアが送られることが多かったんですけど時代は変わりましたね。
留学の準備 – 仕事サボる奴ほど得する問題
通常の若手弁護士にとって、米国のLLMの選考は学部・院のGPAとTOEFLがほぼ全てであり、GPAは今さら変えられないので良い大学に行くためにTOEFLに注力するわけですが、仕事を適度にサボっている奴ほどTOEFLの勉強に時間をかけてスンナリ留学に行き、不器用に働いて勉強の時間を取れない弁護士の留学が遅れるのも最近の傾向です。腹立つことに、そういうサボってる奴ほど偉いパートナーの推薦状を先に確保してたりします(パートナーによって、同じ大学には年1枚しか推薦状を書かないというスタンスの人もいます)。なお、本当にできる弁護士は多忙の中で留学準備もなんとかこなして旅立っていきます。
留学にはなるべく早いうちに行け
私見としては、留学に行ける年次まで働いたらなるべく早く留学に行くのが望ましいと考えています。四大で数年本気で働いたら、自分の専門分野について相当の経験値が詰まれ、留学に行って色々なことを吸収するローヤーとしての素地は十分できあがる一方で、成長のペースは若干鈍化し案件から新しく学ぶことは少なくなっていきます。
細かい専門知識は法改正や実務の変更により留学の間にある程度リセットされ、留学後にキャッチアップせざるを得ないですし、そのまま国内に残って似たような案件を繰り返すよりは、早めに一度事務所の外に出て今後の方向性を考えてから再度業務に取り組むほうが、キャリア・成長性の観点から効率的だと思います。新しいことが減ってきた or ちょっと疲れたと感じたら、なるべく早く留学に行った方がいいです。なお、分野によっては、チームのサイズ的に大きな案件をリードするようになるのが4-5年目からなので、そのレベルに達して1-2年勤務してから留学に行くという考えの人もいますし、それは非常に良く理解できます。
また、異文化からの刺激を受けるにはなるべく若い方が良いと思いますし、大人になればなるほど、別の国からの留学生を含む外国人のノリについていくのは難しくなる気がします。そういえば、童顔だから言われないですが日本人のLLM生って相対的にオッサンなイメージです。
(2022/3追記:子供ができて漸く分かりましたが、歳を取ればとるほど、というか子供ができて成長したりしてライフステージが進むほど、転職等の選択肢が狭まります。留学を延期してる間に子供も大きくなり、留学を経て日本に帰ったらもはやチャレンジなんて年齢でなく、収入的に事務所にしがみつくしかない、ってなる可能性はめちゃくちゃあると思います。)
留学・出向先 – 他人と違うことしないと認めてもらえない時代
昔は米国のLLMに通ってNYの法律事務所で研修してくれば良かったのですが、日本の法律事務所のグローバル展開や、パートナーの増加による市場(というか事務所内での取り分)の飽和に伴い、留学・出向先の選択にあたっても、各事務所は、今後のキャリアを見据えた選択、それも、新しい分野の開拓を視野に入れた選択をするようアドバイスする傾向にあります。
一年目の行先 – 米国LLMが主流だが、第三国のケースも
留学・出向先については、一年目は米国のLLMに行くのが今でも主流ですが、イギリスとかシンガポール、その他第三国の大学に行くケースも散見されるようになりました。たまにMBAに行く人もいますが、結構な自腹を切ることになるので、限られた意識高いマンだけが行くイメージです。
弁護士&MBAについてはこちらの西村あさひの渡邊先生のツイッターが、チョモランマ並みに意識も高く参考になるのではないでしょうか。私はMBAについては、人脈や経験という点では得るものが大きいのだろうと思っていますが、授業の内容自体は当然のことを多面的にこねくりまわしているorエッジケースを無理に一般化しようとしているビジネス新書と同じ類のシロモノという偏見を持っているので興味がありません。
NY Bar – ぶっちゃけ要らなくない?
NY Barは米国LLMに行くなら取って来いと言われますが、米国で実務をしない以上ただの飾りです。今のアメリカ系の外資企業に就職する際にも、米国のローヤーを含め誰にも資格の有無を聞かれませんでした。ひと昔前ならともかく、今時この肩書にビビるような人は四大の業務や四大の経歴を活かしたキャリアでは出てこないと思います。日本の資格持ってない人にとってはキャリア上の意味もあるでしょうし、Twitterや合コンで名乗って自己陶酔できる資格かも知れませんが、必要ないと思うなら受けない判断もアリでしょう。ただ、パートナーが許してくれないと思うので事前に相談して下さい。
二年目の行先 – 最近の傾向
二年目は、昔はNYの一流ローファームでの研修が主流でしたが、最近はロンドン・米国・シンガポール等の日本企業(商社・エネルギー・金融等)の現地法人への出向が増えている印象です。また、法律事務所の海外展開とともに、事務所の現地オフィス(タイ・ミャンマー・ベトナム等を含むアジア中心)に行くこともかなり増えています。オーストラリア・フランス・ドイツ・ドバイ・トルコ・アフリカ・ブラジル・メキシコなどといった変わり種も散見されます。中国は基本的にチャイ語できる人の牙城です。
なお、日本の弁護士を受け入れるメリットが小さくなってきたせいで、米国ローファームに行く人数は限られてきています。その代わり、これまで付き合いの無かったローファーム(とりわけNY以外の)に行くケースが出てきていますが、平均的にサラリーが渋めなのが難点です。また、最近は、一年だけ留学か出向して事務所に戻ってくるケースもあれば、二年を超えて外に出ているケースも多いです。
二年目の行先について、留学中の一年目に海外から関係各所と話をつけるのは色々と面倒なので、留学前に二年目の行先を決めることが多いのですが、枠の問題もあり、最近は二年目の出向先を確保するのも簡単ではありません。ここでも、仕事は適度に着々と留学準備をしている人から先においしい出向先のポジションをゲットしていく傾向があります。
ニッチな所を狙わなきゃダメ?
上記で述べた、ロンドン・米国・シンガポール等の日本企業(商社・エネルギー・金融等)の現地法人への出向は、概して待遇も良く、日本人もいて楽でしょうし、先進国にあるので住環境的にも比較的良好なことが多く、充実した出向生活が送れることが多いのではないでしょうか。一方で、そうした出向先は既に事務所とのコネクションがあり、事務所のパートナーの既存顧客であることが多いので、自分自身の顧客・キャリアを開拓してくるという意味合いで大きなアドバンテージになるかは疑問があります。
自分の事務所の海外オフィスも同様です。当然ながら、事務所の海外オフィスには既に派遣されてきているパートナーがおり、彼らも生半可な覚悟で来ているわけではありません。海外オフィスが順調に業容を拡大しており、本格的な現地法のサービスを拡大していくのであればともかく、日本企業と現地法律事務所をつなぐ役割がメインであれば、現地でのパートナーのポストは限られ、所内の先行者がいる所に割り込んでいくのは難しいと思います。また、留学・出向期間は留学前の激務に対するご褒美的なところがあるのに、事務所の海外オフィスなんか行ったらこき使われるに決まってます。事務所の海外オフィスなんて、本気の本気で希望すればいつでも行けるので、できることなら、このタイミングでしか行けない出向先を見つけるのが望ましいと思います。
「じゃあ事務所の支店もないアフリカか中東か南米にでも行けば良いのか」というと、そう簡単な話でもありません。やはり、支店が無いのには理由があるわけであって、行ってみても何のビジネスにもならないというリスクは大きいと思います。それでも、長い人生の中での貴重な経験にはなるし、大当たりする可能性もある訳なので、何も失うモノは無いという人はそういう選択もアリでしょうし、意外と事務所はそういうチャレンジをバックアップしてくれます。
こんな感じで、出向先の選択というのは悩ましい問題だと思います。パートナーは「新しいところ開拓してこい」みたいなことを言いますが、「そんな簡単にできねえしできるなら客を獲得する立場にあるお前らパートナーがやっとけよ。しかも顧客開拓しても留学帰りにすぐパートナーになって顧客にできるわけでもねえし、誰かに召し上げられるんだろ。アップサイドのないアソシエイトがそんなことする合理的なインセンティブがねぇじゃねえか」と思ったりもします。
実際のところ、上記はパートナー競争の現実を踏まえたアドバイスに過ぎず、出向に関して強いプレッシャーをかけられる訳ではありません。実際、幸運な形で将来のキャリアにつながるケースもあるので、興味のあることがあれば積極的にチャレンジすればいいし、無ければ無いで、定番の留学・出向先に行けばいいと思います。
私の場合も一応厳しいことは言われましたが、基本的には一旦事務所の外に出て自分を見つめ直して人間的に成長して帰ってこい的なスタンスでした。彼らも通ってきた道だからこそのアドバイスなのでしょう。
私のケース
さて、私はというと、米国LLM&NYのローファームで一年研修という、どノーマルなパターンでした。日本のロー生が実務のこと何も分かってないのと同じで、LLMで一年過ごしただけで米国の実務について大した知見は身につかないという考えから、米国での研修を希望しました。結局、二年いても大して分からなかったかったわけですが、一年だけではかなり消化不良だったろうと思います。いずれにせよ、人生の中での貴重な思い出になっていますし、その時の経験は現在の仕事にも十分活かされているので、この選択に後悔はありません。
留学に対する法律事務所からの経済的援助は、留学に行く人数の増加とともに年々ショボくなっていると聞きます(その点、企業派遣組はこちらが殺意を覚えるくらいのフルサポートです。)。ただ、私の知る限りでは、大手法律事務所の経営は相変わらず盤石で、留学に消極的な姿勢も示していないことから、当面この留学カルチャーは続くと思います。他人の金で留学に行けて、戻る場所も確保されているなんていうオイシイ制度、使わない手はありません。
なお、「素晴らしい制度だ、事務所に感謝しよう」みたいに思う人もいるかも知れませんが、事務所も事務所で投資としてやっている部分もありますし、留学を目の前にぶらさげたニンジンとして上手く使っている面もあるので、そんな卑屈になる必要はないと思います。もちろん、感謝はしています。
あまり具体的な内容のない記事になりましたが、留学準備や留学中の暮らしぶりについては、激務から解き放たれてエネルギーを持て余したけどコミュ障で現地生活に没入できず、日本に向けて発信して構ってもらいたい留学中の弁護士がいたるところでブログにしていますので、そちらをググってください。私も、留学中は勉強も仕事もほどほどに旅行ばかりしていました。
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